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●2026年9月号
■ 高市経済政策路線は危機に導く
    伊藤 修

■ 高市経済政策が出揃う

高市内閣の経済政策がほぼ出揃った。7月21日に「骨太方針」と「成長戦略」が出た。経済政策の全体像としては、これに物価対策が加わる。金融政策や消費税減税政策への対応、賃金(最賃を含む)や年金などの所得の物価調整(引き上げ)への態度が重要になる。
   
   

■ 骨太方針

今年の骨太方針の骨子は次のようである。冒頭から「日本と日本人の底力を活かし、総合的な国力を徹底的に強くしていく」と、戦前のような口調でナショナリズム・国家主義を前面に出している。「強い経済」にするために、政府が産業育成政策によって「一歩前に出て」、民間の投資を引っ張る。「責任ある積極財政」で金も出す。財政破綻するのではないかと不安視されているので、「財政の持続可能性」にも配慮すると一応言葉だけ書いてはおく。
   
特徴点について補足しておこう。
   
まず、国際的な危険が高まっており「強い外交・安全保障の確立」が必要と、至るところで強調している。経済方針の中でありながら、「中国の一層の軍事力強化」「北朝鮮の核・ミサイル開発」「ロシアによるウクライナ侵略」と、3カ国を名指しする(p.16)。これは外交的に異様であり、当然、緊張を招かずには済まない。
   
次に、設備投資の増強をリード役に「強い経済」をつくる、と高い目標を据える。民間投資は2040年に250兆円としている。現在120兆円に達しておらず、2倍の数字だ。GDPは同じく2040年に1100兆円を目標とする(現在660兆円)。毎年3.5%成長しなくてはならない。物価は年2%上昇が政府目標だから、それを差し引いて実質では1.5%成長が必要である。ところがこのところの実績は1%に達しておらず、2025年度も0.8%だった(名目は4.1%成長、したがって物価が3.3%上昇)。
   
こうしてみると、実現がかなり困難な高い目標であり、経済界もそうみている。ところが、この目標を前提にして、積極財政をやるとしている(大規模にならざるをえない)こと、また経済が大きくなれば財政赤字も乗り切れると考えていること――この2つの危険な想定は記憶しておかねばならない。
   
財政の運営については、「単年度の黒字化時期を機械的に追うのでなく……一時的な悪化も許容し得るものとしつつ、債務残高の対GDP比の安定的な低下に向けて、改善・管理していく」(p.25)という。単年度の目標を機械的に追うのでなく、傾向として改善するのが眼目なのは、当たり前である。これまでも機械的に追ってこなかった。だからこそ、ここまで財政赤字が積み上がってきたのだ。これまでは「デフレ・低成長時代の一律抑制型の予算編成」(同前)だったとも批判する(尊敬する安倍政権もか?)が、それで赤字が積み上がるはずがないではないか。支離滅裂、かつ赤字拡大許容である。
   
金融政策について、「日本銀行と緊密に連携し、デフレに後戻りすることのない」よう取り組む」(p.2)と書いている。誰がみてもインフレに転換し、国民生活を苦しめているのに、まだデフレへの「逆戻り」を警戒し、日銀の金融正常化・引き締めという物価対策の王道を妨害しているのは、許され難い。


   
   

■ 成長戦略

すでに報道されているとおり、今回の成長戦略は、国防上不可欠で、かつ日本の強みを生かせるものとして、17分野、62産業(製品・サービス)を指定した。それを表1に整理した。ただし意味不明の用語は理解可能な言葉に置き換えてある。
   

(表1・クリックで拡大します)
   
これをみていくと、アニメ、マンガ、船の修繕のようにすでにあるものから、「空飛ぶクルマ」など将来が不明のものまで、雑然と、総花的に列挙されている。ここまで総花的だと、財界では「どの企業でも1つは引っかかる」との声が上がっているが、それで儲かるかもしれんと喜んでいるようでは軽率である。
   
判断材料として、近年の各内閣が掲げた重点育成産業を、次の表2に整理・比較してみた。各内閣で独自なものもある(たとえば民主党内閣の「アジア連携」や、インバウンド拡大に安倍内閣は積極的だったが高市内閣は慎重など)が、全体としてはほとんど同じ項目が挙がっている。
   

(表2・クリックで拡大します)
   
一貫しているのか、ノーアイデアなのか。経産省を中心に同じ官庁がアイデアを出しているのだから当然でもあろう。確実なのは、長年同じような項目を挙げてきて、今回も挙げている。つまり効果が出ていないということだ。
   
将来の可能性がある技術をリストアップして説明を加え、社会に情報として提供する、というのならよい。しかし、それらを育成するために政府が「大胆に」資金も投入する、となれば話はまったく別のことになる。
   
2040年までにこれらに必要な投資額は、官民合わせて370兆円としている。そのうち政府がいくら出すかは書かれていない。しかしこれだけ何でも挙げた上で「支援する」を連発しているとなると、一体いくらかかるのかわからない。アニメ、マンガを「支援する」とはどうやるのか? 効果の見通しも不明であると同時に、猛烈な巨額になるだろう。『日経』の専門家アンケートでも、巨額を要して効果は期待できないとの意見が大多数だ。
   
なぜこれまで失敗してきたかの総括がまったくないまま、「支援する」と繰り返すところに問題がある。
   
これまでと同じなら、同じく効果なしに終わるし、効果を出そうと力ずくで政府資金をつぎ込めば巨額になり、今でさえ危険な財政赤字をさらに拡大する。この点で、高市路線は、危機に導く。
   
もう1つ重大なのは政府資金の使い方である。桃井裕理「必敗の『競争なき成長戦略』」(『日経』7月23日)に代表される、専門家に共通の見解だ。今回の成長戦略は、中国はもちろんアメリカも(他の国も)、産業育成政策を強めており、日本も対抗せねば、と強調するが、日本の発想とは根本的に違うのだという。
   
アメリカは一般には政府の民間介入を嫌う。しかし例外として、「軍産複合体」といわれるように、国防総省からロッキード、ボーイング、グラマンなどへ資金が流れ、そこで開発された技術が民間にも応用されてきた。ところが近年は技術進歩が速いため、
   
  軍の資金
→ 大学での基礎研究
→ DARPA(国防高等研究計画局)によるプロジェクト化
→ ベンチャー企業を含む事業化
→ 政府による初期購入、
   
という流れが重要になった。大事なのは、大学でも企業でも徹底した競争があり、結果を出したものが勝ち残って金を手にする方式であること。中国も、イメージとは真逆で、大学に基礎研究の巨額予算を投入する一方、大小、新旧入り乱れた無数の民間企業の激烈な競争の中から、事業化に成功したものを政府や軍が調達・活用する。
   
競争であり、結果(成果)主義である。これに対して日本は、事前にできるだけ少数の企業を育成相手に絞る。大体が、本誌7月号の熊谷論文にあるような三菱重工以下の既存大企業となる。独占にあぐらをかくことになりがちだし、成果はわからない。
   
このやり方を続けている限り駄目だという。事前にピックアップした技術や企業(政府にそんな眼があるのか?)を直接「支援する」ではなく、どんな成果が出るかわからない(科学とはそういうものだ)基礎の基盤を育てる、インフラを整備する発想に立て、大学予算の拡充はその核になる、というのである。政治家も官庁もこれまでのコネクションを絶つ日本式の大転換が必要になる。
   
   

■ 賃上げ・最賃・インデクセーション

いうまでもなく、物価を上回る賃上げが、「物価対策」の王道である。中小企業の賃上げのためには、下請けいじめをする大手企業を独占禁止の観点から罰する政策を強化する。年金や生活保護のように、みずから賃上げをできない分野の所得目減りに対しては、物価調整スライド(インデクセーションという)を実施する。医療や介護の点数などもこれに準ずる。
   
最賃については、石破内閣の昨年の骨太方針が「2020年代に」としていた全国平均・時給1500円の実現を、今回の骨太は「遅くとも2030年代前半できる限り早期に」(p.11)と先延ばし、目標を引き下げた。地方中小企業経営者と地方自民党の消極論にすり寄ったものとみられている。つまり後退であり、正道に立ち返ることを求める。
   
   

■「ホネブト・ショック」

当面の経済の動向を、まず物価からみよう。現時点で最新の消費者物価統計は6月分だが、(以下すべて1年前に比べ)総合で1.7%上昇だ。これで落ち着いてきたとみることはできない。中身をみると、上昇率を下げた大きな要素が3つある。1つはコメで8.7%低下、去年の高騰の反動である。2つめが教育費で6.0%低下、無償化の広がりによる。3つめはエネルギーの0.1%低下、政府の補助金によるが、補助金は縮小していく。それに、ホルムズ海峡の影響がまだ反映しておらず、これからだ。現に企業物価は7月分で7.2%上昇しており、これから川下の消費者物価に波及してくる。世間一般では今後の物価上昇は年2%程度と予想しているが、日銀は3%近くとみているようであり、トランプしだいではそれ以上になるかもしれない。
   
同じく当面の動きとして、6月に骨太方針の概要が伝わると、海外で「HONEBUTOショック」という言葉が使われた。国債が値下がりし(金利は上昇)、円安が進んだのである。これは少し複雑だ。
   
骨太方針は、財政拡大、金融緩和(金利引き上げ反対)、ようするに金バラまきである。財政の拡大は、資金の需要をふやすから、金利を上昇させる。財政不安も強まって、国債は売られ、値下がりする。国債の値下がりは、投資する者にとっては、必要な投資の額が減ることだから、収益率すなわち金利は上がる。これに対して、低金利志向は、日本で運用しても儲からないから円売り(外貨に両替)→円安を招く。右のように金利の予想の向きは逆だが、どちらも“日本から逃げる”動きということになる。
   
   

■ 消費税と給付制度

次に、消費税減税問題はややこしくなっている。純個人的な意見、というより自分の頭の整理だけ、短く書く。

  1. 本来は、消費税はない方がよい。食料品減税も2年でなく恒久がよい。
  2. しかし他方、現在の財政の危機的状況で、消費税なしは不可能である。10%で打ち止めとし、所得税・法人税を強化して、税制全体として改善するしかない。
  3. インフレ対策の王道は、金融引き締め、賃上げ、インデクセーション(後述)である。食料品の時限減税は、「物価対策」としては効果は大きくない。しかし「せめてショックを和らげる一助」として、緊急の政策として主張した。ぐずぐずしているうちに手遅れになった。
  4. また減税だけでは購買力を追加してインフレをひどくしてしまう。だから不可である。軍事費など支出の削減や所得税・法人税の強化で、財政全体の購買力拡大作用は避けねばならない。
  5. その点からも、また財政悪化の点からも、財源を用意しない与党案に野党が反対するのは正当である。
  6. 低所得層向けの給付制度を組み込んで所得税を強化する方が、いまや、長い目でみて重要だと考える。

   
   

■ その先どうなるか

ここまでの流れを追ってまとめてみると、こう言う以外にないだろう。 第1に、成長戦略に総花的に挙げられた「支援する」をもし実行したら、財政はいくらかかるか見当がつかない。また第2に、どうやって「支援する」のかもさっぱり明らかでない。そして第3に、財政不安に対する内外の「市場のダメ出し」を恐れて「財政の持続可能性」と書くだけはするものの、言葉の上だけで、財政の規律はゆるめてしまうことを“しっかりと”表明している。
   
となると、高市経済政策路線がもたらすものは、財政破綻の危機となるほかない。危機とは実際にどういうことか。
   
金利は上がっていく。それが正常である。金利が物価上昇以下なら、貯めても貸しても目減りしてしまうから、市場経済として成り立たない。すると、今年度予算ですでに31兆円で、社会保障費の39兆円に迫っている国債費がますます増えて、予算を組むのも難しくなる。財政の信頼がなくなって、資金は日本から逃げる。つまり円は売られ、円安が進む。輸入物価が上がり、物価全般に波及する(一方で円安は企業の海外からの利益の円金額をふやす)。財政の困難化、信用の失墜、インフレの悪化、が相互促進して、混乱になる。
   
筆者が書くより、世界の代表的な経済紙、ロンドンの「フィナンシャルタイムズ」のコラム(ジリアン・テット、8月7日電子版)を引用する方が印象が強いだろう。コラムは、「日本発の債務危機が現実味」「すべての視線は円に」と書く。「長期的な危険」の「要因は日本の驚くべき公的債務の水準にある」。国債費が「3年後の29年度には歳出の約3分の1になる。これは恐ろしい事態だ」。「債務危機が現実になれば、打撃は日本だけでなく世界の市場に及ぶ」。解決策は「日本がある程度財政を引き締め……緩やかな利上げを進めることだろう」。しかし、「高市氏は緊縮財政と金融引き締めに否定的」だ、と。
   
ごく基本的なレベルだが、問題の大筋は世界の知性に共有されているようだ。筆者も右のコラムと同意見である。つまり、高市の常識外れが世界危機の元凶になりつつある、ということである。
   
もちろん、十分な根拠なく危機だと言い立てるのは間違っている。しかし、「バブルは崩壊する。あぶない」「原発は危険だ」と警鐘を鳴らすことは間違いだったか? 高市路線が財政危機の淵へ導くのは、かなり確実性が高い。
   

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