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●2024年6月号
■ 格差是正と水準論議を進めよう
    元『月刊労働組合』編集長 松上隆明

■ ようやく物価上昇を上回る回答引き出しに

連合第5回回答集計(5月2日段階)によれば、定昇相当分込みの賃上げ額は加重平均で1万5616円、5.17%となっていた。賃上げ率が5%を超えるのは1991年以来33年ぶり。
   
賃上げ率を押し上げた最大の要因は、消費者物価の上昇である。2022年度は3.2%、23年度は3.0%物価が上昇した(生鮮食料品を含む総合)。対前年度比で3%を超える物価上昇があったのは、1990年度以来32年ぶりのこと。「過年度の物価上昇で実質賃金が目減りした分を上回るベア要求を行って実質賃金の維持・向上を図る」のは、日本の労働運動が長い間基本としてきた取り組みであり、今春闘では、そこに「昨春闘で取り切れなかった分」や「生産性向上の配分」を上乗せして4%以上のベアを要求基準とした産別も出てき始めた。
   
図1は、昇給相当分を除く賃上げ率と過年度物価上昇分を比べたもの。連合の「賃金改善」集計には、賃金カーブのゆがみ是正や手当の新設・増額などベア以外の新たな原資持ち出し分が含まれていることも多いので厳密にはベア率ではないが、近似的には傾向を見ることができる。
   

(図1・クリックで拡大します)
   
過去にも何度かまとまったかたちの物価上昇はあったが、春闘で取り戻せていなかった。それが、今春闘でようやく、過年度物価上昇分を少し上回るだけの賃上げが取れるようになってきたのである。    
   

■ 労働市場の動向

これにはいくつかの背景がある。第一に労働市場の動向である。
   
日本の賃金は年功序列的に運用される部分が大きかったため、出発点となる初任給をなるべく抑制しようとする企業が多かった。バブル崩壊の2〜3年後からほぼ30年間にわたって初任給をほとんど上げてこなかった。それが一転して、大幅引き上げに踏み切る企業が増加している。少子化で若年人口が減り、そのうえ採用して1〜2年での離・転職も多い。人材を獲得し、定着させるためには初任給を中心に賃金水準の引き上げを図るしかなくなっている。
   
昨年4月、メガバンク3行が10年以上20万5000円にすえ置いてきた大卒初任給を一気に26万円に引き上げた。地方銀行や信用金庫もこれに追随して、大卒初任給を25〜26万円に引き上げた。そうしなければ人が採れないからだ。銀行と似た労働市場で競合する商社や生命保険会社にも初任給大幅引き上げの動きが起こり、今年は30万円を超える企業も珍しくなくなってきた。
   
パートタイマーでも人手不足問題が起きている。コロナ禍で多くのパート労働者が契約不更新とされ、シフトの極端な削減(収入激減に直結)で辞めざる得ない状況に追い込まれた人も多い。総務省「労働力調査詳細集計」によれば、第1回緊急事態宣言が出される直前の20年2月時点の女性・非正規雇用労働者は1487万人。それが緊急事態宣言後の5月には1376万人に、111万人(7.5%)減っている。その後、観光業、飲食業、サービス業などの客足はコロナ禍以前の水準に回復。観光業に至っては、コロナ前を上回る水準になっている。しかし、離職したパート労働者がみんな職場に復帰したわけではない。24年3月期の速報でも、女性・非正規雇用労働者は1454万人。緊急事態宣言前より33万人(2.2%)減少したままだ。
   
地域によっては、非常に激しいパートタイマー争奪戦が起きている。この状況を上手に「活かした」のが、UAゼンセン傘下のイオン労連である。
   
23春闘、24春闘と、2年連続でパート労働者の時給を制度昇給込みで7%ずつ引き上げることに成功した。注目すべきは、イオン傘下の個々の企業と単組が交渉するのではなく、初めて労連とイオングループとで労働協約を結んだことだ。イオングループに働くパート労働者約40万人の時給が一気に引き上げられた。この影響は非常に大きく、イオングループ傘下の企業がある地域のスーパーや飲食店、コンビニでは、同等の賃上げをしないと人が採れないし、転職されてしまうことになる。地域のパートの時給相場に労働組合の要求がこれだけの影響を与えたのは、初めての事態ではないだろうか。
   
さらに今春闘では「均衡・均等処遇」の推進として、売り場責任者など正社員並みの責任の重い仕事をしており、かつ一定の条件、例えば「月120時間以上の勤務」「昇格試験への合格」などを満たせば、正社員と同じ基本給と手当が支給されることになった。従来と比べて賃金は約2割上がる。適用者はまだ全国で150人ほどだが、今後は拡大することも期待されているという。
   
   

■ 大企業は「史上最高益」だが格差は拡大

賃上げの2つ目の背景は、多くの大企業が史上最高益をあげていることだ。
   
財務省「法人企業統計調査」によれば、日本の法人企業(金融・保険を除く)の22年度の営業利益は63.3兆円で、コロナ禍下の20年度の41.6兆円から52.0%も増加するV字回復となっている。最大の要因は円安である。1台10万ドルの自動車を輸出して得る売上は1ドルが100円のときなら1000万円だが、1ドルが150円の円安になれば、一気に1500万円にはね上がる。
   
営業利益だけでなく、海外子会社からの配当や資産運用益を加えた経常利益は、22年度に95.3兆円にまで増加。史上最高額となった。こうしたばく大な利益の一部が「採用競争力強化」のために初任給引き上げなどに回されている。
   
逆に言えば、円安で利益を得られず、ばく大な資産運用益など得ることができない内需型産業、中小企業などは大企業のように賃上げ原資が確保できない。それどころか、円安で輸入原材料やエネルギー価格が上がっているのに、納品先の大企業に十分な価格転嫁を認めてもらえず、赤字に転落してしまった企業も多数存在する。
   
傘下に中小労組の多いJAMの役員によれば、経営が苦しい、人が採用できない、後継者がいないといった理由で、経営者が「経営をあきらめ」、取引先の銀行の仲介でファンドなどに「身売り」するケースも出てきているという。人を採れるだけの賃金を支払えない企業は淘汰されるしかない。――この厳しい現実を真正面から訴えて格差是正のための賃上げ、原資を確保するための価格転嫁を経営者に求めなければならない。
   
   

■ 労働組合の姿勢の変化

賃上げの3つ目の背景は、当り前の話だが、労働組合の要求である。この2年間で、労働組合の要求水準も、要求する姿勢もかなり変化している。
   
長らくデフレが続いた結果、まとまった額のベア要求など経験したことのない単組役員や産別役員が多数を占めるようになっていた。そのため、昨春闘では“腰の引けた要求”も多かった。過年度物価上昇率が3%を超えることが確実なのに、連合は要求目安を「3%程度の賃上げ」にとどめた。金属労協は「ベア6000円」を要求基準とした。これは、全組合平均でも2%、大手なら1.5%程度にすぎず、実質賃金の低下をはじめから容認する低い要求基準であった。
   
23春闘では低すぎた要求の結果、「満額回答」や「満額越え回答」が続出した。ある産別の委員長は、記者会見で「満額回答は日頃からの労使の信頼関係の成果だ」と誇らしげに説明したが、複数の新聞記者から「要求が低すぎた結果では」と突っ込まれる始末であった。
   
だが、「満額回答」「満額越え回答」は否定的な面ばかりではない。それを機に「これくらい要求してもいいんだ」「要求できるんだ」と実感した役員も多数いただろう。それが今春闘での要求の引き上げに結び付いているのは確かだ。特に「昨年取りそこなった」「要求が低すぎた」という産別や単組で、その分を取り戻す動きが目立った。一昨年3000円、昨年2000円のベアにとどまった日本製鉄が3万円のベア要求を行い、満額越えの3万5000円を獲得したのが典型的な例だろう。
   
   

■ 格差是正へ向け明確な目標水準の提示を

連合全体で見れば、この2年間の春闘でやっと過年度物価上昇分以上をベアで要求する態勢が整ってきた。今後の課題は、単組、産別、ナショナルセンターがそれぞれに目指すべき賃金水準を明確にすること。その先に、未組織を含めた広範な労働者にそれをどうやって波及させていくかを考えなければいけないだろう。まずは、格差是正にどう取り組むかが問われる。雇用形態間だけでなく、企業規模間、産業間、地域間の格差を是正するために、どれだけの賃上げが必要なのかを提起する必要がある。
   
本誌24年2月号で、23春闘において関東のいくつかの中小バス労組が私鉄総連の統一要求「ベア9900円」で満額の回答を獲得したことを書いた。極度の人手不足を背景に、ストライキを構えて大手鉄道労組を大きく上回る賃上げを勝ち取ったのである。今春闘での私鉄総連の統一要求は、定昇相当分に加えて、生活維持分+生活回復・向上分として「ベア1万4600円」となった。
   
昨春闘で満額回答を勝ち取った関東バス労組は、私鉄総連の統一要求に沿って昇給込みで平均1万9700円の賃上げを要求。結果的に、2年連続の満額とまではいかなかったが、1万6000円の賃上げを獲得。来年以降も5ケタの賃上げ要求を継続する方向だ。今春闘で注目すべきは、ベア1万4600円+昇給相当分の満額回答を獲得したバス労組が拡大したことである。具体的には、大阪シティバス、東急バス、京成バス、江ノ電バスなど。
   
図2は、会社法の改悪や規制緩和によってバス運転手の賃金がどれだけ下げられてきたのかを見たもの。昨年は乗客数がコロナ禍前の水準に戻って業績が回復、人手不足への対応もあって一時金の増額などで賃金を引き上げた会社も多いが、それでも平均年収は全産業・男女計と比較して53万7000円、全産業・男性計との比較では116万6000円低い。しかもバス運転手は全産業・男女計に比べ年間総実労働時間が228時間(10.7%)も長い。現在と同じような長時間労働であるならば、平均年収が他産業より1割高い560〜630万円の水準にまで上昇しなければ、産業間格差が解消しないのは明白だ。
   

(図2・クリックで拡大します)
   
実はこのデータは、あるバス労組の学習会で参加者から「今後、われわれはどれくらいの賃金水準を目指すべきだと思うか」と質問されて作成したものである。物価の後追いだけでなく、“その先”を考えている労組役員は相当数存在するのではないだろうか。
   
   

■ 生涯にわたる賃金カーブを設計する

賃金は平均額だけで考えることはできない。年齢ごとにどのような水準にするのか、生涯にわたってどのような賃金カーブを求めるのかを明確にする必要がある。
   
最近の初任給の大幅引き上げ、さらには定年の65歳までの延長などの中で賃金総額をなるべく増やさないように昇給を抑え、賃金カーブを寝かせる動きが起きている。特に規模1000人以上の大企業でそれが顕著だ。
   
23年「賃金構造基本統計調査」で大企業の年齢ごとの賃金の増減を見ると、男女計・学歴計で前年よりも賃金が上がっているのは

  • 「19歳以下」(+2.7%)、
  • 「20〜24歳」(+3.0%)、
  • 「25〜29歳」(+1.6%)

くらいである。要するに高卒初任給、大卒初任給が上がり、その影響で20代も少しは上がったというところだろう。しかし、「30〜34歳」では(+0.0%)となり、ほとんど横ばい。「35〜39歳」では2.1%も下がっている。40〜54歳の層でも平均1%前後の減少となっており、相当強引な昇給抑制がはじまっているのではないかと推測させるデータだ。最近流行の「日本的ジョブ型賃金」も、「ジョブ・グレード(職務等級)が上がらない限り賃上げしない」という言い方で、中高年齢層の昇給を抑制するために使われている可能性が高い。
   
本誌掲載のJAM・安河内会長へのインタビューでも明確に言われているように、労働組合は平均賃上げ額(率)だけでなく、その配分にまで関与しなければならない。実態調査にもとづいて目指すべき水準・賃金カーブのあり方を明確にする「個別賃金要求」を進めているのは、JAMやフード連合など一部の産別に限られている。こうした運動を他産別にも広げていくことが求められる。
   
   

■ 先進国並み賃金の要求を

最近になって「日本の賃金は先進国の中で最低水準」という報道が行われるようになってきた。大企業が急に初任給を引き上げ始めたのも、日本の賃金が下がり過ぎて、海外の企業や外資系企業と比べてかなり見劣りするようになり、採用競争力を低下させてしまっていたからだ。
   
表は、どれだけのものが買えるのかを基準とした購買力平価で見た各国の標準的な年収額。日本の労働者の年収はアメリカよりも46.4%、ドイツよりも29.6%も低い。同じアジアの韓国と比較しても15.1%低い。さらに問題なのは、欧米諸国に比べて日本は労働時間が長いことだ。短時間就労者を除く一般労働者(フルタイマー)の年間平均総実労働時間は1962時間で、時短先進国であるドイツの1341時間よりも621時間長い。つまり、日本の労働者はドイツの労働者の1.5倍近く働いて、3割も安い年収しか得ていないのである。
   

(表・クリックで拡大します)
   
図3は、労働政策研究・研修機構が各国政府統計をもとに作成したもので、製造業の時間当り賃金を日本=100として指数化している。購買力平価で見ると、ドイツの賃金は日本の1.8倍以上。もうすでに日本は先進国のレベルから大きく脱落し、アジアの中でも韓国やシンガポールの後塵を拝する「低賃金国」になってしまっている。
   

(図3・クリックで拡大します)
   
1960年代の春闘のスローガンだった「先進国並みの賃金を!」を、現在の新たな状況の下で復活させるべきではないだろうか。
   
   

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