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●2024年1月号
■ 景気回復と雇用形態・格差の動向
    立松 潔

■ はじめに

バブル崩壊後の日本経済では、デフレ不況が長期化するなかで、正規雇用の削減(リストラ)と非正規雇用の増加による雇用の格差拡大が進行した。総務省統計局の『就業構造基本調査』によれば、1997年から2012年までの15年間に正規雇用労働者は543万人も削減され(男性が398万人減、女性が145万人減)、代わって非正規雇用労働者が784万人も増加しているのである(男性が313万人増、女性が471万人増)。
   
これにより、雇用者数全体に占める非正規雇用の割合は1997年の24.6%から2012年の38.2%へと上昇し、企業の賃金コストは大幅に削減された。さらに日本企業は、人材育成や技術革新のためのコスト削減も推進したのである。バブル期までは、日本的雇用は人材重視経営であるとして海外からも高く評価されていた。しかし近年は他の先進国と比べ、賃金面や人材育成、技術革新面での立ち遅れが大きな問題点として指摘されるようになっているのである。
   
2013年から2018年まで日本では緩やかな経済成長が続くのであるが、19年10月の消費増税による消費の落ち込みで景気が悪化したところに、コロナ禍による打撃が加わることになる。このようなデフレ不況からの回復期に、日本の雇用形態と雇用格差はどのように変化したのであろうか。本稿ではこの点について、特にコロナ禍を含む最近10年間の動向を中心にその問題点と今後の課題について検討したい。
   
   

■ コロナ禍による非正規雇用労働者への打撃

図表1は2012〜22年の全国の雇用者数の動向を雇用形態別、男女別に示している。まず最初に2012〜17年の5年間について見ると、景気回復によって男女ともに、正規雇用と非正規雇用のいずれも増加している。ただし、男性雇用者数の増加が5年間で68.8万人(2.3%)であったのに対し、女性雇用者数の増加は161.4万人(6.7%)と、男性を大幅に上回っていた。
   

(図表1・クリックで拡大します)
   
女性の雇用者数の増加が大きかった要因としては、景気回復とともに専業主婦層が多数働きに出たことの影響が考えられる。総務省統計局『労働力調査(詳細集計)』によれば、日本の専業主婦世帯は2012年の787万世帯から17年には641万世帯へと146万世帯(18.6%)も減少し、代わりに共働き世帯が同じ5年間に1054万世帯から1188万世帯へと134万世帯(12.7%)も増えているのである。
   
なお、2012〜17年において非正規雇用が男女合計で89.9万人も増えているが、それは主に65歳以上の高齢者の雇用増加によるものであった。この5年間に15〜64歳の非正規雇用者数が42.6万人減少したのに対し、65歳以上の非正規雇用者は132.4万人も増加していたのである。
   
次に図表1で2017〜22年の雇用者数の変化をみると、正規雇用は増加しており、特に女性の場合は150.5万人(13.4%)もの大幅増加であった。1997〜2012年の15年間に女性の正規雇用は145万人も減少しているが、それを上回る女性正規雇用が2017〜22年の5年間で生み出されたことになる。
   
そして、2017〜22年の5年間に非正規雇用者数が男女ともに減少していることも注目される。このように正規雇用と非正規雇用で対照的な結果になった大きな要因は2020年からのコロナ禍の影響である。図表2を見れば明らかなように、2020年と21年には2年連続で非正規雇用者数が男女ともに減少している。それに対し正規雇用者数は、男性の場合20、21年には緩やかに増加し、22年に減少しているものの、女性の場合は順調に増加を続けている。
   

(図表2・クリックで拡大します)
   
コロナ禍では感染者の拡大や医療の逼迫を防ぐため、各種の行動制限がとられ、不要不急の外出や大人数の会食などの自粛要請、飲食店への時短営業や酒類提供停止の要請などが行われた。これによって「宿泊業、飲食サービス業」をはじめ、多くのサービス業は来客数が激減するなどの深刻な影響を受け、休業を余儀なくされたのである。
   
このようなコロナ禍による雇用への悪影響を緩和するために大きな役割を果たしたのが、雇用調整助成金制度であった。これは景気悪化への対策として雇用調整を行う事業主のために、休業手当などの一部を助成するものである。ただし雇用調整助成金制度の助成対象は雇用保険加入者のみで、パートやアルバイトは対象外であったため、政府はそれらの非正規雇用労働者の雇用維持のために、緊急雇用安定助成金制度を今回新規に発足させたのである。
   
しかしそれにもかかわらず、非正規雇用の雇用維持のために緊急雇用安定助成金制度は必ずしも十分には活用されず、非正規雇用労働者が雇い止めなどで職を失うケースが少なくなかった。図表2で非正規雇用者数が2020〜21年に減少しているのはそのためである。
   
厚生労働省の資料によれば、正規雇用維持のために事業主から出された雇用調整助成金の支給申請件数が614万件(3カ年計)であったのに対し、非正規雇用のための緊急雇用安定助成金の申請件数は178万件と、かなり少なくなっていた。両者合計の助成金申請件数のうち非正規雇用維持のための申請件数は22.5%に過ぎなかったのである。『就業構造基本調査』によれば2017年時点の雇用に占める非正規雇用者の割合が38.2%であること、またコロナ禍で最も大きな打撃を受けた「宿泊業、飲食サービス業」では非正規雇用者が74.4%も占めていたことなどを考えれば、この22.5%という割合が低すぎることは明らかであろう。
   
   

■ 女性の正規雇用者数増加の背景と課題

図表2からわかるように、コロナ禍の2020〜22年には女性の正規雇用者数だけが順調に増加していた。ここではその要因について検討してみたい。
   
女性の雇用者数増加には新卒者の採用や自営業者からの転換だけでなく、専業主婦の労働参加も大きな比重を占めていた。2017〜22年の5年間でも専業主婦世帯は641万世帯から539万世帯へと102万世帯(15.9%)減少し、共働き世帯が1188万世帯から1262万世帯へと74万世帯(6.2%)増えていたのである。
   
しかしながら、かつては子育てなどの要因で正規雇用から非正規雇用に転換する女性が多いことが、女性の雇用に占める非正規雇用割合の上昇をもたらしていた。また、専業主婦が仕事に就く場合も、子育てや家事との両立を容易にするためパートタイマーなど非正規雇用を選択する場合が多かったのである。
   
特に1997年からの深刻なデフレ不況期には、夫の解雇や賃下げなどで家計が苦しくなった世帯も多く、少しでも家計の足しになるようにと非正規雇用に就く主婦が少なくなかった。この時期は新規学卒者にとっても就職氷河期であり、専業主婦の正規雇用での就職はさらに困難だったと考えられる。
   
しかし、最近は逆に非正規雇用から正規雇用への転換が女性の正規雇用者を増加させる大きな要因になっている。景気回復によって正規雇用への需要が回復したことが、大きな要因であることはいうまでもないが、「女性の活躍」を旗印にした政策も一定の役割を果たしたと考えられる。2016年4月に施行された女性活躍推進法は、常用労働者301人以上の企業に対して、女性の活躍に向けた行動計画の策定・届出および自社情報の公表を義務化したものである。これは女性の正規雇用の拡大を義務づけたものではないが、間接的に女性の正規雇用としての採用を促進する役割を果たすことになった。情報の公表によって、正社員や管理職に占める女性の割合や平均勤続年数など、その企業の女性の活躍への取り組み状況が明らかになり、それが企業イメージに影響することになったからである。そして、2022年4月からは常用労働者101〜300人の企業も数値目標・行動計画の公表が義務化されたため、企業の女性正規雇用の拡大への取り組みがさらに拡大されることが期待されている。
   
また改正労働契約法(2013年4月施行)によって、有期労働契約が5年を超えて更新された場合は、有期契約労働者の申し込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できる「無期転換ルール」が導入されたことも、非正規から正規雇用への転換を一定程度後押ししたと言われている。改正労働契約法施行から5年が経過した2018年4月以降、無期転換申込権が発生し始めている。厚生労働省労働基準局の報告書『有期労働契約に関する実態調査』2020年版(事業所調査)と21年版(個人調査)によれば、「無期転換ルールにより無期転換を申込む権利が生じた人」のうち、その権利を行使した人の割合は2018、19年度合計で27.8%であった。無期転換者の割合は必ずしも多くはないものの、性別を見ると、男性24.3%、女性75.6%となっており、女性の無期転換に一定の効果があったことがわかる。
   
ただし、「無期転換ルール」によって無期転換されたとしても、賃金など労働条件が将来的に正規雇用並にされていくのかについては不透明である。無期転換者の身分上の位置づけは各企業にまかされているからである。
   
無期転換者へのアンケートによれば、正社員と比較した基本給の水準は、「正社員と比べて低い」が男女合計で62.1%(男性は50.9%、女性65.7%)、「正社員とほぼ同水準」は16.9%(男性28.0%、女性13.4%)となっている。無期転換制度はまだ始まったばかりであるが、今後無期転換者の処遇改善による「正社員化」が進むのかどうかが注目される。
   
   

■ 依然として大きな男女格差の存在

また、女性の正規雇用が増加したとは言え、正規雇用においても労働条件の男女格差が大きいことを忘れてはならない。一般労働者の女性の平均賃金は1990年には男性の60.2%しかなかったのが、その後格差は徐々に縮まり、2021年には75.2%となっている。このように賃金の男女格差は縮小傾向にあるとは言え、現在でも女性の賃金は男性の4分の3の水準でしかないのである(『令和4年版経済財政白書』p.156参照。なお一般労働者とは常用労働者のうちパートタイム労働者を除いた労働者のことである)。
   
しかも日本は先進国のなかでも男女間賃金格差が大きい国である。フルタイム労働者の男性賃金の中央値を100とした場合の女性賃金の中央値の水準を見ると、OECD諸国の平均値が88.4であるのに対し日本は77.5であり、36カ国中なんと34位という状態である(『同上書』及び内閣府『令和4年版男女共同参画白書』p.132参照)。
   
また日本では欧米先進国と比べ企業などの管理職に占める女性の割合が低くなっており、それも男女間賃金格差の要因となっている。『就業構造基本調査』によれば、管理的職業従事者の女性比率は全国では2017年の14.8%から22年には15.3%へとわずかながら上昇している。しかし、政府はすでに女性管理職の割合が20年代の可能な限り早期に30%程度となることを目指しており、15.3%ではまだ不十分であることは言うまでもない。
   
また、育児休業制度の充実や保育所の増設など子育てと就労の両立支援策が進められることにより、出産・育児を理由とする女性の離職を減らす効果が期待されている。しかし日本では家事・育児に関する女性の負担が重く、依然として出産後の女性の労働参加を阻む要因になっている。
   
『令和4年版経済財政白書』によれば、日本の女性の1日あたりの家事・育児時間は男性より約3時間(184分)も長く、OECD平均の約2時間(123分)を大幅に上回っている。日本は事例の33カ国中で5番目に女性の家事負担が重い国となっているのである(p.129)。
   
また、日本では末子が2歳以下の子どもがいる女性の就業率は、女性全体の就業率よりも21.7%ポイントも低くなっており、先進29カ国中6番目の低水準である。また末子が3〜5歳の子どもがいる女性の就業率は日本では女性全体の就業率よりも7.4%ポイント低く、29カ国中なんと2番目の低さである(同上)。これは2018〜19年の値であるが、日本では他の先進国と比べ、女性による子育てと就業との両立がまだまだ難しい状況であり、改善の余地が大きいことがわかる。
   
   

■ 非正規雇用の処遇改善とその課題

なお女性の労働条件の改善については、パートタイマーの処遇改善も重要である。たとえば総合スーパー大手のイトーヨーカ堂では2006年に人事制度改革に着手し、パートタイマーの待遇改善をはかっている。パートタイマーにも正社員と同様の人事評価制度に基づいた賃金改定を実施し、希望すればキャリアをどこまでもあげていける仕組みを整備したという。
   
パートタイマーに「レギュラー」「キャリア」「リーダー」という三段階の職能ステップを設け、ステップアップしていくにつれ時給もあがり、「リーダー」となった後にはパートタイマーのままでも管理職になれる道を開き、さらに希望者には準社員や正社員への登用の道も開いたのである。そしてこの制度により、2022年度末時点で、約2万3000人いるパートタイマーのうち約4700人が実際にステップアップし、211人が正社員に登用されているのである(以上、NHKスペシャル取材班『中流危機』講談社現代新書、2023年、p.214〜5)。
   
また総合スーパー「イオン」を運営するイオンリテールが、2022年から売り場のパート社員たちを中心に同業務の正社員との待遇差を解消する施策を始めている。これは月120時間以上働き、昇格試験に合格したパートタイマー社員を、自宅から通える店舗で働く地域限定正社員と同等の待遇とするもので、基本給や子育て支援の手当などを、パートの労働時間に応じて支給するというものである。
   
イオンリテールが昨年秋に実施した昇格試験ではパート88人が受験し、売り場責任者を務める42人が合格したが、今後は年間400人程度の登用を想定しているという。売り場責任者のパートは「年収の壁」を超える時間分を働く例が多く、こうしたパートの待遇を正社員と同等にすることで年収などを引き上げ、士気向上や人材獲得につなげるのが目的である(日本経済新聞23年3月15日)。
   
以上のような女性の非正規雇用の処遇改善や正規雇用化が好ましい方向であることは言うまでもない。しかしこのような改善の動きはようやく最近になって始まったばかりである。2022年時点で全国の女性雇用者に占める非正規雇用の割合は53.2%と、まだ相当高い水準にとどまっている。今後も順調に改善が進むのか、注目していきたいと思う。
   

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