●2020年6月号
■ 新型コロナウイルスと緊急事態宣言
小笠原福司
■1. コロナ危機が問う社会のあり方
新型コロナウイルスの感染拡大がグローバリゼーションの弊害をあぶりだした。「人・モノ・カネ」が瞬時に世界を駆け巡る今日、目に見えないウイルスのパンデミックが、新自由主義の本性と行き詰まりを白日の下にさらけだした。
アベノミクスの成長戦略は企業の国際競争力強化を通じて日本経済を立て直すというものだが、企業の国際競争力を強化した産業構造は、今回のコロナショック下の中でその脆弱性をあらわにした。
企業の国際競争力に依存(国内産業の空洞化という犠牲の上に)する経済は、いったん大きなショックが起きると、国民の命と暮らしを根底から揺るがし、その破綻が露呈した。他方で、農業、部品から完成品までのフルセットでの製造業、医療、卸売り・小売り、文化、教育、各種サービス業など国民の健康と命、生活を守る産業の重要さ、すなわち内需を基盤とする産業の重要さが明らかになった。国民生活を重視した産業政策に転換し、その基盤を強化することこそ今後の日本社会のあり方の柱といえる。コロナ危機はそのことを我々に教えてくれている(なお、資本主義の行き詰まりの要因とどうすべきか、基本的な視角については本誌18年6月号の巻頭言を参照頂きたい)。
■2. コロナショック下で何が起きているか
・GDPが2四半期連続のマイナス
内閣府が5月18日発表した2020年1〜3月期の国内総生産(GDP)は、実質で前期(19年10〜12月期)に比べ0.9%の減、年率に換算して3.4%も落ち込んだ。19年10月に消費税を10%に増税してから2四半期連続である。消費税の増税に加えてコロナショックの影響が日本経済を直撃している。そして、4〜6月期のGDPはさらに本格的に落ち込むことは必至である(23人の民間エコノミストの4〜6月期以降の見通しは、平均前年期比マイナス21.2%で、リーマン・ショック後の09年1〜3月期の17.8%減を超えるとの予想)。
費目別にみると、GDPの6割弱を占める個人消費はマイナス0.7%。外出自粛が広がる中で、外食や宿泊などの落ち込みが目立つ。輸出は10〜12月期の0.4%からマイナス6.0%へと大幅逆転した。民間住宅投資はマイナス4.5%、民間企業設備投資はマイナス0.5%になり、公共投資は10〜12月期の0.5%増からマイナス0.4%に逆転した。ほとんどすべての項目で総崩れとなり「アベノミクス」の破綻の上にコロナショックが追い打ちをかけ「コロナ恐慌の到来」と言われている。
内閣府の4月の景気ウォッチャー調査では、現状判断指数が3月比で6.3ポイント低下の7.9となり、2カ月連続で過去最悪を更新した。「極めて厳しい状況にある中で、さらに悪化している」と。先行きも「厳しさが増す」としている。
5月15日にピークを迎えた上場企業の2020年3月期決算発表では、26%の企業で1〜3月期が赤字となった(例年は1割程度の赤字)。四半期としては東日本大震災が発生した11年1〜3月期(30%)以来9年ぶりの赤字企業の多さで、業種全般に悪化が広がっていることが特徴(日経 5月16日)。
また、いつ事業活動を本格化できるのか、3月期決算企業の約6割が2021年3月期の業績予想を「未定」とした。さらに、業績予想を出した会社では、今期では約2割の最終減益を見込む。生産や販売の正常化は10〜12月期以降との見方が多い。「工作機械受注は景気の先行指数」とされるが、日本工作機械工業会が14日に発表した4月の工作機械受注額は、前年同月比48.3%減の561億円。前年割れは19カ月連続で下落率は3月(40.7%)よりも大幅に拡大し、景気の先行きの厳しさを示している。
・「派遣切り」「コロナ倒産の増」
厚労省によると、5月14日時点で、いわゆる「コロナ切り」で解雇・雇止めとなった労働者は7428人。緊急事態宣言(以下、「宣言」と略す)が発令された4月7日は1677人で、1カ月あまりで4倍以上に急増している。
6月末に契約更新のタイミングを迎える派遣労働者が多く、「5月危機」が迫っている。3カ月ごとの更新が主流なので、8月、11月にも危機が来る恐れがある。派遣切りの温床が「登録型派遣」の働き方で約140万人いる派遣労働者の半分超を占める。「日雇い派遣」に象徴される不安定な働き方の見直しは、リーマン・ショックをきっかけに民主党政権が登録型派遣の原則禁止をめざしたが、自民党などの反対で実現せずに今日に至っている。自民党の責任は逃れられない。今こそ登録型派遣を見直す必要がある。
東京商工リサーチの(5月13日現在)4月の全国企業倒産状況によると、負債総額1000万円以上の倒産件数は前年同月比15.1%増の743件となり、8カ月連続の増加となっている。外出自粛で飲食や宿泊業の破綻が相次ぎ、資本金1000万円未満が全体の66%を占め、中小・零細企業への影響が目立つ。
新型コロナを要因とする倒産は4月――84件で、2月――2件、3月――23件から急増している。2月から5月15日までの累計では、法的整理準備中の企業も含め40都道府県で150件に上り、企業業績の悪化は深刻さを増している。同社は「倒産は夏場以降高水準をたどる可能性が高い」と。特徴は、1億円未満の小規模倒産が全体の7割超の542件。産業別では、飲食や宿泊業を含むサービス業が253件と最多。倒産原因は「販売不振」と答えた企業が554件。エヌエヌ生命保険の調査では、中小企業の約6割が経営的に乗り切れるタイムリミットを「6月末」と回答し、「6月は倒産ラッシュが起きる」と予想している。
政府の企業向け支援策は、手続きの煩雑さや事務処理の遅れがネックとなっている。同社は「事業継続をあきらめて廃業(隠れ倒産)する経営者が増える恐れがある」と警戒している。なお、5月15日に上場企業の「レナウン」(1902年大阪で創業した老舗)の倒産に激震が走ったが、今後も上場企業の倒産は十分起こりうる。
・緊急事態宣言下で改憲への世論づくり
「宣言」の最大の肝は、特措法に基づきNHKが政府の「指定公共機関」になったことだ。付帯決議で、「放送の自立」「言論、表現の自由」への特段の配慮が盛り込まれたが、緊急事態措置の下では政府対策本部長(内閣総理大臣)が指定公共機関に必要な指示ができると規定しており、放送内容に介入する余地がある。
「宣言」直後から、NHKは海外メディアを引用し強制力も罰則もないことを強調した。この報道姿勢は、「これが今の憲法の限界、だから改憲が必要」と、私権制限を強いる「緊急事態条項」を盛り込んだ自民党の改憲案を求める世論づくりに手を貸していると疑わざるを得ない。また、私権を制限し、国民に協力を呼びかける以上、憲法二五条一項に基づく国民の生存権の保障が大前提なのに、おくびにも出さない報道姿勢は本末転倒である。
因みに1月30日に自民党の伊吹文明元衆議院議長が「緊急事態の1つの例。憲法改正の大きな実験台と考えた方がいいかもしれない」と発言し、物議をかもしだした。4月3日に与党側が衆議院の憲法審査会を開いて国会の機能を確保する方策を議論したいと野党側に提案をした。そして、4月7日の衆議院議院運営委員会で、安倍首相が緊急事態条項について「憲法審査会で活発な議論を期待する」と述べ、与党が衆院憲法審査会幹事懇談会をセットし改憲議論を強めようとしたが、主要野党の反対で4月16日予定の開催が見送られた。安倍政権のコロナ禍を利用した改憲への動きを注視することである。
■3. 政府の経済対策とコロナ対応
・修正をせまられた「最大級の経済対策」
政府が宣伝する「世界的に見ても最大級の経済対策」は事業規模で108兆円。安倍首相は「GDP比2割という規模」「欧米諸国にそん色のない支援」と胸を張るが、今年度補正予算で賄う「真水」と呼ばれるのは16.8兆円。あとは、4分の1を占める26兆円規模(そもそも課税所得が少ない中小・零細企業には恩恵が及びにくい)の法人税や消費税の納付猶予などの帳尻合わせで、規模を水増ししたに過ぎない。また、約1.7兆円の観光振興策、現在休校中の小中学校への生徒1人1台のパソコン導入の前倒し、レアメタルの備蓄対策など、およそコロナ対策とは無関係な不要不急のメニューが紛れ込んでいる。
当初目玉とされた1世帯30万円給付は、制度が複雑で申請手続きの煩雑さの上に受け取れるのはわずか2割の世帯(約4兆円)で生活支援には程遠い実態であった。与党の公明党は、4月16日支持母体の突き上げもあり「連立離脱も辞さない」と安倍首相に迫り「1人10万円給付案」への変更を求めた。また、自民党内、支持者からも同調する声が相次ぎ、安倍首相は目玉政策の「一律10万円給付」への修正に追い込まれた(なお、4野党・1会派はすでに3月31日に一律10万円給付を政府に求めていた)。
また、中小企業・個人事業主に最大200万円、約2兆円規模の対策が出されている。中小企業庁の調査では、全国に約358万社ある中小のうち給付金利用は約130万社しか想定されておらず、64%は対象から外れている。かつて03年6月小泉政権時にりそなグループの1社に1兆9660億円の予防的公的資金を注入した。企業数では99.7%、雇用労働者数では7割を占めている全国の中小・小規模企業の価値が1行分。当初の全5800万世帯の2割への給付は約4兆円なので同2行分に過ぎない。ここにも安倍政権の大企業優先の本質がすけて見える。
・国民の命よりも権力の私物化に固執
新型コロナ対策に総力を挙げて取り組むべき時に、何故不要不急の「検察庁法改正案」の成立を国会で急ぐ必要があるのか。改正案は、検察官の定年延長を現在の63歳から65歳に引き上げるもので、問題は検察幹部の「役職定年」に関する特例の規定。内閣や法相が認めた場合は、最大3年間、留任させることができる、とした点である。
検察庁は行政組織の一部だが、逮捕・起訴権を有する「準司法機関」でもある。だからこそ政治的中立が求められ、検察庁法という「特別法」で規律することになっている。しかし法改正で検察人事への内閣の恣意的な介入が合法化されてしまう。検察官は「公訴権」を独占する権力機関である。その検察官を政治的に支配することは三権分立を揺るがす憲法違反であり、権力の私物化以外の何物でもない。
この策動に対して、8日午後7時40分1人の東京在住の30代女性が、「#検察庁法改正に抗議します」のハッシュタグをつけたツイートを投稿した。このツイートは著名人含めて瞬く間に広がり10日には470万件を超え。そして、元検事総長を含む検察OB14人が森法相宛に反対意見書を提出する。全国52の弁護士会すべてが会長声明で反対を表明するなどの広がりをみせた。15日の内閣委員会までに抗議の「ツイッターデモ」は前代未聞のうねりをみせ無党派まで浸透し1000万件を超えた。
この女性は、コロナの経済対策として、「お肉券」の導入などに違和感を持ち、検察庁法改正が気になり内容を調べて「民主主義が揺らぐ」と思ったとのこと。そして、「週明けに法案が衆院を通過の見通し」というニュースを見て抗議の声を挙げようとツイートした。「社会運動を起こそうという意図なんてなくて、おかしいという思いをそのまま発信しました」と語っている(毎日 5月13日)。
「長い歴史をかけて築いてきた民主主義を壊さないでほしい」との彼女の訴えが、安倍政権へのマグマのようにうっ積した不信、不満、憤りと繋がり、「ツイッターデモ」として燎原の火の如く広がり、5月18日安倍首相に、検察庁法改正案の今国会での採決・成立を断念させた。
■4. 通常国会の攻防と今後の課題
・野党共闘の深化と世論の動向
「宣言」の承認について、最低でも「事前の国会承認」が必要ではあったが「1日も早く第1次補正予算の成立を……」との世論を受け、野党の国会論戦が不十分なまま承認されてしまった。
そして、「緊急事態なのに野党は政府対策への反対意見ばかりで…」との世論もこれあり野党側の国会における政府追及は及び腰であった。しかし、反転に転ずるきっかけを与えてくれたのが、前述したが「ツイートデモ」であった。1週間足らずで1000万件を超えた抗議の世論は、野党共闘に追い風となり国会論戦にも迫力がうまれた。
「減収世帯への30万円給付」から「国民一律10万円給付」への変更、検察庁法改正案の採決・成立を断念させた2つの闘いは、非常時でなければ即刻内閣総辞職に値する。5月15〜17日の世論調査では、共通した内閣支持率の急落が見て取れる。「朝日」調査では4月調査から支持率は8ポイント下落して33%となった。不支持率は前回比6ポイント増の47%。ANN調査の内閣支持率は前回の3月比で7ポイント減少し、32.8%となり、不支持率は48.5%(前回比9.9ポイント増)。政権にとって“危険水域”とされる「支持率2割台」は目前である。また、NHK調査の内閣支持率は先月調査から2ポイント減の37%。不支持率は45%(前回比7ポイント増)となり、2018年6月以来不支持が上回った。因みに、検察庁法改正については、「賛成」が1割台で、「反対」は「賛成」の約4倍に上っている。
野党は「コロナ以前の状態に戻る」のではなく、「ポストコロナ」に向けて真に国民の命と暮らしを守り抜くため、野党共闘を深化させねばならない。
・第2次補正予算に向けて
「宣言」に基づく休業要請と補償については、安倍首相は「損失は特定業界にとどまらない。バランスを欠くものになる」と一貫して休業への補償に否定的である。
これに対して憲法学者の以下の提起に学びたい。「生存権=二五条、職務遂行の自由=二二条、財産活用の自由=二九条があり、三項には『「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる』と明記している。今回に当てはめると、公益に基づく規制により経済的損失を被った者は、その損失額を国家に補償してもらう『権利』があり、国家にはそれを補償する『義務』がある」との立場である。なお、4月のマスコミ各社の世論調査の結果(平均)でも、自粛要請の休業補償は「政府の責任で」は78%、「反対」は14%と世論の支持を得ている。
次に、財源問題である。感染の拡大を防ぎ、人々の命を守り、雇用と所得を確保し、事業の継続を図るためには財源が必要である。緊急に必要な支出は赤字国債の追加発行による外はないが、広がる格差の是正のために、不公平税制の是正により累進性を強めることである。法人税の税率の引上げ、租税特別措置の整理など、この間空前の利益をあげてきた大企業に応分の負担を求める。また利子・配当などへ課税を強めるなど、所得税の累進性の強化。一定規模以上の資産の保有に課税する富裕税や企業の内部留保に課税するなどの新たな増収策を検討も課題である。もちろん軍事費など不要不急経費の減額も必要である。F35ステルス戦闘機105機の購入費を含め、5兆円を上回る軍事費も聖域ではない。韓国はF35戦闘機など国防費を削って緊急支援金の財源に充てている。日本でも出来ないことはない。
・今こそ反失業と生活を守る闘いに全力を
最後に、非正規労働者を筆頭に反失業の闘いの組織化である。現在民間企業は潜在的な余剰人員を抱え込んでいる。自動車など輸送用機器産業は製造だけで約100万人、鉄鋼も約20万人いる。工場の稼働率が下がった中で現在「一時帰休という形で」調整している(5月9日 日経)。来年の1四半期まで「経済の落ち込みは回復しない」との見通しの中で、今後「失業へ」という事態も想定される。
非正規労働者の解雇・首切りと一体で闘いを組織することが求められてくる。連合を始めとした労働3団体と野党共闘が連携を取りつつ、反失業の統一闘争として組織することに全力を挙げることである。
そして、職場では「協約・慣行の総点検」を行い、「働く能力しか契約していない」「健康で働き続ける労働条件を確保することは資本・当局の責任である」との立場にたって、命を守る感染防止策を柱とした健康で安心して働き続けられる労働条件の確立に取り組むことである。
今日の社会では、労働者にとって「失業とは」死を意味する。今こそ憲法理念にそって闘い、セーフティネットを張り、ポストコロナの社会づくりを進める時である。
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