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●2016年3月号
■ 年初からのマネー経済の混乱とマイナス金利政策
   立松 潔

   

■ はじめに

日本銀行が1月29日の金融政策決定会合で「マイナス金利政策」の導入を決定した。2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入して以来、日銀は大規模な長期国債の買い入れを行い、市中に大量の資金を供給してきたが、2%の「物価安定の目標」を達成できないでいた。そこで今回はさらにマイナス金利という新手法でその達成を目指すというのである。しかし、日銀がこのタイミングでマイナス金利という新たな手法を導入せざるを得なかったのは、年明け以来の世界経済の混乱が日本経済にも悪影響を及ぼしつつあったからである。
   
日経平均株価は、年初から6営業日連続値下がりとなり、その後も下落を続け、今年1月21日の終値は1万6017円になった。2015年12月30日の終値である1万9033円から1992円(18.8%)もの値下がりである。
   
また、円の対ドル為替相場(東京市場17:00時点)も15年12月30日には120.42円だったのが、年が明けるや円高に動き、1月21日には116.75円となった。昨年12月の日銀短観によれば、15年下期の企業の事業計画の前提となる想定為替レートは118円であり、企業にとっても想定を上回る円高と言える。
   
安倍政権は1992年末の発足以来、円安と株価上昇によって高支持率を獲得してきた。しかしそれはアベノミクスの成果というよりは、たまたま安倍政権発足時に世界経済の安定が回復するという好運に恵まれたことによるものである。アメリカでは「財政の崖」と言われた危機が2012年末に回避され、欧州政府債務危機も2012年秋頃にほぼ沈静化に向かったからである。しかしながら昨年から事態は大きく転換した。世界経済情勢は一挙に悪化の度合いを深め、日本経済にも悪影響を及ぼしている。
   
2013年4月の異次元金融緩和、14年10月末の追加金融緩和の後は、日銀の思惑通りに円安と株高が進み、金融緩和の効果が長期間持続した。しかし、今回はマイナス金利政策発表による効果は僅か数日で終わり、その後株価の暴落と想定外の円高が続いている。状況は深刻であり、アベノミクスは機能不全に陥ったと考えざるを得ない。そこで本稿では、日銀のマイナス金利政策について説明するとともに、その背景にある世界経済の混乱とその日本経済への影響について明らかにしてみたい。
   

■ マイナス金利付き量的・質的金融緩和

日銀のマイナス金利政策は金融機関が日銀の当座預金に預けているおカネのうち、一部をマイナスの金利にする政策である。利子がマイナスというのは、預金に対して罰金(あるいは手数料)を徴収するのと同じである。そこで、金融機関はその負担を免れるため日銀から当座預金を引き出し、企業や個人への貸し出しや投資に回すことになる。その結果国内の経済活動が活発化し、デフレからの脱却が進む、というのが今回のマイナス金利政策の(表向きの)ねらいである。
   
日本銀行は2013年4月以降、金融機関から大量の国債を買い上げるなどして資金を供給し、大規模な金融緩和を行ってきた。しかし、「異次元金融緩和」と呼ばれたこの金融政策は、投機マネーを円安・株高のために動員する効果はあったものの、肝心の実体経済の改善にはあまり貢献していなかったのである。
   
異次元金融緩和が開始される前の13年3月末時点では、金融機関の日銀当座預金残高は58兆円であった。ところが、それが昨年12月末時点には約253兆円となり、なんと4.4倍にも増加している。しかし、この間に銀行等の貸出金残高は429兆円から465兆円へと8.3%(36兆円)しか増えていない。日本銀行が供給したおカネの大部分は日銀当座預金口座に滞留しており、設備投資や消費など国内経済活性化やデフレ克服のために使われてはいないのである。そこで、日本銀行の口座に滞留する当座預金の一部をマイナス金利にする荒技によって、事態を切り開こうというのである。
   
マイナス金利政策は2月16日から実施されるが、金利をマイナスにするのは日銀当座預金残高すべてではない。当座預金残高を「基礎残高」、「マクロ加算残高」、「政策金利残高」の3つに分け、「基礎残高」の金利はプラス0.1%、「マクロ加算残高」は0%とし、「政策金利残高」だけをマイナス0.1%の金利にするというのである。問題はマイナス金利部分(政策金利残高)がどの程度の規模になるかであるが、日本銀行の資料によれば、当面大体次のようなイメージである。
   
「基礎残高」というのはこれまで金融機関が任意で日銀当座預金に預けていた分であり、2015年の平均残高が210兆円である。金融機関の経営に打撃が大き過ぎないようにということで、この部分は従来通りプラス0.1%の金利とする。次に金利が0%の「マクロ加算残高」は、法定準備預金額(所要準備額)に対応する部分(9兆円)や政策的観点から措置されている部分(30兆円)など約40兆円である。そして残りがマイナス0.1%金利の「政策金利残高」である。これは、現在の日銀当座預金額(260兆円程度)のうち、約10兆円程度になるという。10兆円にマイナス0.1%の金利がかかると、金融機関全体では100億円の負担(損失)である。
   
しかも引き続きこれまでの量的緩和政策が続けられるので、それにより年間約80兆円のペースで金融機関全体の当座預金残高が増加する。日銀は、この増加分のうちどの程度をマイナス金利部分(政策金利残高)に含めるかは適宜見直して行くという。金融機関がマイナス金利部分の当座預金(政策金利残高)を減らしても、新たに政策金利残高を追加することで全体として一定以上のマイナス金利部分が残るようにするためである。
   

■ 中国経済の減速と原油安の影響

次に、日本銀行が今回マイナス金利政策導入に踏み切った背景である世界経済の悪化について、その主要因である原油安と中国経済減速について見ておこう。まず原油価格は2014年前半までは100ドル台で推移していたが、その後大きく下落し、15年前半には50〜60ドルとなり、さらに今年に入ってからは30ドル前後まで落ち込んだ。
   
そのため中東産油国では(原油収入減少により)財政赤字が拡大し、その穴埋めに政府系ファンドが保有する株式や債券を売却する動きを強めている。これが世界的な株安を引き起こし、日本でも最近の株価下落の大きな原因になっているのである。株価上昇を政権の支えとしてきた安倍政権にとっては深刻な事態にほかならない。
   
さらに中国経済の減速も日本経済に悪影響を及ぼしている。中国における代表的な株価指数である上海総合指数は今年1月4日の取引初日から大きく値を崩し、1月21日には2014年12月以来の安値となり、世界同時株安を引き起こした。
   
中国のGDPは現在世界の約15%を占め、輸出と輸入をあわせた貿易総額は世界一である。しかし、15年の中国貿易総額は前年比で8%減、特に輸入は14%も減少した。中国の資源輸入の減少は世界的な資源安の要因となり、中東産油国だけでなく、ブラジルやロシアなど、資源輸出国の経済に大きなダメージを与えている。
   
2014年度の決算で史上最高益を更新した日本の企業の中にも、中国経済減速の影響により、業績を低下させるところが増えている。15年10〜12月期の東証一部上場企業の経常利益は鉄鋼が62.6%減、海運業が62.0%減、機械が18.0%減となった。中国の景気後退で鉄鋼需要が減少したことで、中国鉄鋼メーカーは余った製品の海外への輸出を増やしているが、それが市況の低落を引き起こし、日本の鉄鋼業の業績を悪化させているのである。海運業も中国の需要減でコンテナ船の運賃下落によって打撃を受け、機械も中国向けの輸出が落ち込んでいる。
   

■ 円高進行と景気の行方

しかし、マイナス金利によって日銀が期待するようにデフレ克服が進むかというと、それは大いに疑問である。日本の大企業は十分な内部留保を抱えており、これまでも資金不足で投資を控えているわけではなかったからである。金利がさらに下がったからといって借金を増やし、投資に向けるとは思えない。世界情勢が不透明で、国内の消費も低迷しているだけに、むしろ投資には慎重にならざるを得ないであろう。マイナス金利をすでに導入している欧州中央銀行によれば、企業向けの融資残高はマイナス金利導入後もほぼ横這いだという。
   
懸念されるのはマイナス金利による金融機関の経営の悪化である。日銀当座預金のマイナス金利の負担や貸出金利や債券利回りの低下によって収益減が避けられないからである。当面は値上がりした手持ちの国債の売却益で埋められるにしても、それは長くは続かない。国債売却で得た資金の運用先が乏しいからである。金融機関が経営悪化によりリスクの高い貸出や投資を躊躇することになれば、景気への悪影響は一層強まることになる。
   
日銀の公式説明では表にでていないが、マイナス金利政策の最大の目的は円高抑制=円安誘導である。世界経済の不安定さが高まると、リスクが低く安全資産とみなされる円が買われて円高が進む傾向がある。年明けからの円高もそのためである。そこで、国内の金利を下げ、内外金利格差を広げることで、円買いを抑えようというのである。
   
しかし、円高防止という日銀のもくろみも現在のところ功を奏していない。2月15日(17:00)現在、円の対ドル相場は113.76円と昨年12月30日の120.42円と比べて大幅な円高状態となっている。原油安や中国・新興国経済の減速などによる世界経済の悪化は日銀の予想を超えており、最近では好調だった米国の景気にも陰りが見え始めている。ブラジルやカナダなど資源国の景気悪化が米国の輸出に悪影響を及ぼし、原油安が米国のシェール関連企業などエネルギー産業に打撃を与えているからである。さらに、日本の経常収支の黒字が2014年の2.6兆円から15年には16.6兆円へと大きく拡大したことも、実需面で円高を支える要因となっている。
   
以上のように、マイナス金利政策は今のところ円安と株高への投機マネーの誘導という本来のねらいとは全く逆の結果となっている。もっとも、今のところ円高・株安は世界経済の混乱という外部要因によるものが中心であり、必ずしも国内の実体経済を反映した動きではない。
   
しかし、内閣府が2月15日に発表した15年10〜12月期のGDP実質成長率は前期比で0.4%減のマイナス成長となった。個人消費の低迷が、国内景気の足を引っ張っているのである。今後、春闘において日本企業が円高や株安を口実に(高収益をあげているにもかかわらず)賃上げに後ろ向きになれば、個人消費はさらに冷え込み、景気の本格的な悪化につながりかねない。賃上げに向けた労働組合の取り組みがますます重要性を増している。
   
   

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